適切な意思決定支援に関するガイドライン

大網病院病院概要

Ⅰ.はじめに

1.ガイドライン策定の背景

○医療技術の発展は、患者又は利用者等の救命の可能性を高めている。人工呼吸器等の生命維持装置の装着や人工的栄養摂取によって救命、延命の可能性が高まる中、患者又は利用者等が意思を伝えられないことで起こる倫理的課題は増加している。
○超高齢化社会を迎え、医療・介護への需要は増加し、療養の場が病院から介護施設や自宅等暮らしの場に移行しつつある。治療・療養に対する価値観や療養場所の多様化等もあり、高齢者が意思決定する機会は増加している。しかし、加齢変化や認知症に対する理解不足や判断能力の低下により倫理的課題が生じやすい。
○そのため、看護職が意思決定を支援する重要性はますます高まっている。
○このガイドラインは、人生の最終段階を迎えた本人・家族等と医師をはじめとする医療・介護従事者が、最善の医療・ケアを作り上げるための意思決定を支援する標準的なプロセスを示すガイドラインである。

2.ガイドラインの趣旨

○急激に生命の危機状態に陥ったとき、患者又は利用者等は意思表示できない場合がほとんどであり、家族や医療職は患者又は利用者等との意思疎通が困難になる。このような場合、患者又は利用者等の希望や意思に沿った治療を実施するためには、患者又は利用者等の事前意思の確認や代理決定者としての家族の存在が重要になる。
○高齢者の治療や療養生活については、時として、家族と医療職で決定し、高齢者不在の意思決定が行われることがある。認知症のある高齢者では、判断力が不十分だからと高齢者の意思が尊重されないケースも少なくない。また在宅では、治療内容やどう生活していくかについて、高齢者と家族の意向が強く働くことや異なる機関に所属する他職種とともに支援を行う特徴がある。
○このガイドラインは、医療・介護従事者が、丁寧に本人・家族等の意思をくみ取り、関係者と共有する取り組みが進むよう、意思決定の基本的な考え方や姿勢、方法、配慮すべき事柄等を整理して示し、これにより、自らの意思に基づいた日常生活・社会生活を送れることを目指すものである。

Ⅱ.基本的な考え方

  1. 担当の医師ばかりでなく、看護師やソーシャルワーカー、介護支援専門員等の介護従事者などの、医療・ケアチームで本人・家族を支える体制を作ることが必要である。特に人生の最終段階における医療・ケアにおいては重要なことである。
  2. できる限り早期から肉体的な苦痛等を緩和するためのケアが行われることが重要である。緩和が十分に行われたうえで、医療・ケアの開始・不開始、医療・ケアの内容の変更医療・ケア行為の中止等については、最も重要な本人の意思を確認する必要がある。確認にあたっては、適切な情報に基づく本人による意思決定(インフォームド・コンセント)が大切である。
  3. 医療・ケアチームは、本人の意思を尊重するため、本人のこれまでの人生観や価値観、どのような生き方を望むのかを含め、できる限り把握することが必要である。また、本人の意思は変化しうるものであることや、本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、本人が家族等の信頼できる者を含めて話し合いが繰り返し行われることが重要である。
  4. 本人の意思が明確でない場合には、家族等の役割がいっそう重要になる。特に、本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定めている場合は、その者から十分な情報を得た上で、本人が何を望むか、本人にとって何が最善かを、医療・ケアチームとの間で話し合う必要がある。
  5. 本人、家族等、医療・ケアチームが合意に至るなら、それはその本人にとって最も良い人生の最終段階における医療・ケアだと考えられる。医療・ケアチームは、合意に基づく医療・ケアを実施しつつも、合意の根拠となった事実や状態の変化に応じて、本人の意思が変化しうるものであることを踏まえて、柔軟な姿勢で人生の最終段階における医療・ケアを継続すべきである。
  6. 本人、家族等、医療・ケアチームの間で、話し合いを繰り返し行った場合においても、合意に至らない場合には、複数の専門家からなる話し合いの場を設置し、その助言により医療・ケアのあり方を見直し、合意形成に努めることが必要である。
  7. このプロセスにおいて、話し合った内容は、その都度、文書にまとめておくことが必要である。

Ⅲ.意思決定支援のプロセス

1.意思決定支援者の態度

○意思決定支援者は、本人の意思を尊重する態度で接していることが必要である。
○意思決定支援者は、本人が自らの意思を表明しやすいよう、本人が安心できるような態度で接することが必要である。
○意思決定支援者は、本人のこれまでの生活史を家族関係も含めて理解することが必要である。
○意思決定支援者は、支援の際は、丁寧に本人の意思をその都度確認する。

2.意思決定支援者との信頼関係と立ち会う人との関係性への配慮

○意思決定支援者は、本人が意思決定を行う際に本人との信頼関係に配慮する。
○本人は意思決定の内容によっては、立ち会う人との関係性から遠慮などにより、自らの意思を十分に表明ができない場合もある。必要な場合は、一旦本人と意思決定支援者との間で本人の意思を確認するなど配慮が必要である。

3.意思決定支援と環境

○初めての場所や慣れない場所では、本人の意思を十分に表明できない場合があることから、なるべく本人が慣れた場所で意思決定支援を行うことが望ましい。
○初めての場所や慣れない場所で意思決定支援を行う場合は、本人ができる限り安心できる環境となるように、本人の状況を見ながらいつも以上に時間をかけて行うなどの配慮が必要である。
○本人を大勢で囲むと圧倒されてしまい、安心して意思決定ができなくなる場合があることに注意すべきである。
○時期についても急がせないようにする、集中できる時間帯を選ぶ、疲れている時を避けるなど注意すべきである。
○専門職種や行政職員等は、意思決定支援が適切になされたかどうかを確認・検証するために、支援の時に用いた情報を含め、プロセスを記録し振り返ることが必要である。

4.本人が意思を形成することの支援(意思形成支援)

○まずは、以下の点を確認する。
・本人が意思を形成するのに必要な情報が説明されているか
・本人が理解できるよう、分かりやすい言葉や文字にしてゆっくりと説明されているか
・本人が理解している事実認識に誤りがないか
・本人が自発的に意思を形成するのに障害となる環境等はないか
○本人が何を望むかを、開かれた質問で聞くことが重要である。
○選択肢を示す場合には、可能な限り複数の選択肢を示し、比較のポイントや重要なポイントが何かをわかりやすく示す、また話して説明するだけでなく文字にして確認できるようにする、図や表を使って示すことが有効な場合がある。
○本人が理解しているという反応をしていても、実際は理解できていない場合もあるため、本人の様子を見ながらよく確認することが必要である。

5.本人が意思を表明することの支援(意思表明支援)

○本人と時間をかけてコミュニケーションをとることが重要であり、決断を迫るあまり、本人を焦らせるようなことは避けなければならない。
○複雑な意思決定を行う場合には、重要なポイントを整理してわかりやすく選択肢を提示するなどが有効である。
○本人の示した意思は、時間の経過や本人が置かれた状況等によって変わり得るので、最初に示された意思に縛られることなく、適宜その意思を確認することが必要である。
○重要な意思決定の際には、表明した意思を可能であれば時間をおいて確認する、複数の意思決定支援者で確認するなどの工夫が適切である。
○本人の表明した意思が、本人の信条や生活歴、価値観等から見て整合性が取れない場合や、迷いがあると考えられる場合等は、本人の意思を形成するプロセスを振り返り、改めて本人の意思を確認することが重要である。

6.本人が意思を実現するための支援(意思実現支援)

○自発的に形成され、表明された意思を本人の能力を最大限活用した上で、日常生活・社会生活に反映させる。
○意思決定支援チームが他職種で協働し、利用可能な社会資源等を用いて日常生活・社会生活のあり方に反映させる。
○実現を支援するにあたっては、他者を害する場合や本人にとって見過ごすことのできない重大な影響が生ずる場合でない限り、形成・表明された意思が他から見て合理的かどうかを問うものではない。
○本人が実際の経験をすると(例:ショートステイ体験利用)、本人の意思が変更することがあることから、本人にとって無理のない経験を提案することも有効な場合がある。

7.家族も意思決定支援者であること

○同居しているかどうかを問わず、本人の意思決定支援をするうえで、本人をよく知る家族が意思決定支援チームの一員となっていただくことが望ましい。
○家族も本人が自発的に意思を形成・表明できるように接し、その意思を尊重する姿勢を持つことが重要である。
○本人と意見がわかれる、本人が過去に表明した見解について家族が異なって記憶している場合や、社会資源等を受け入れる必要性の判断については見解が異なることがある。意思決定支援者(主として専門職種や行政職員等)は、家族に対して本人の意思決定を支援するのに必要な情報を丁寧に説明、家族が不安を抱かないように支援をすることが必要である。

Ⅳ.人生の最終段階における医療・ケアのあり方

  1. 医師等の医療従事者から適切な情報提供と説明がなされ、それに基づいて医療・ケアを受ける本人が多専門職種から構成されるチームと十分な話し合いを行い、本人による意思決定を基本としたうえで、医療・ケアを進めることが最も重要な原則である。
  2. 本人の意思は変化しうるものであることを踏まえ、本人が自らの意思をその都度示し伝えられるような支援が、意思決定支援チームにより行われ、本人との話し合いが繰り返し行われることが重要である。
  3. 本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから、家族等の信頼できる者も含めて、本人との話し合いが繰り返し行われること、この話し合いに先立ち本人は特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定めておくことも重要である。
  4. 医療・ケアの開始・不開始、内容の変更、医療・ケア行為の中止等は意思決定支援チームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである。
  5. 可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、本人・家族等の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療・ケアを行うことが必要である。
  6. 生命を短縮させる意図を持つ積極的安楽死は、本ガイドラインでは対象としない。

参考資料

1 )認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン
厚生労働省 平成30年6月
2 )人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン
厚生労働省 改訂平成30年3月
3 )意思決定支援と倫理(1)代理意思決定の支援
意思決定支援と倫理(2)高齢者の意思決定支援日本看護協会